川崎の由来や、歩んできた歴史をご紹介します

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歴史探訪

神奈川県川崎市歴史探訪
川崎市の概要
川崎市は、政令指定都市で、政令指定都市の中では面積が最も小さいまちです。東京都との境を流れる多摩川の恵みを受け発展した街といえます。
江戸時代には東海道の宿場町として発展し、明治末期から臨海部に工場が立ちはじめ、戦後には京浜工業地帯の中核になります。
現在では、富士通、日本電気、東芝などの大規模工場が建ち並び、世界最先端の技術開発を中心とした高度研究開発・生産都市として現在に至っています。

川崎のあゆみ
川崎の歴史は古く、旧石器時代や縄文時代の遺跡が確認できるなど、非常に早い時期から人が定住していたとされています。奈良時代には橘樹郡衙(たちばなぐんが)が置かれ、地域行政の中心となりました。中世には荘園が発達し、稲毛氏が広い地域を支配したと言われています。

江戸時代には多摩川の恵みにより稲作が盛んとなり、川崎で採れた米は「稲毛米」と呼ばれ、江戸ですし飯として人気を博します。また、東海道・中原街道の重要性が高まると共に川崎宿の整備も進み、交通の要所として重要な役割を果たしました。

明治5年(1872)の川崎駅開業以降は、川崎駅付近の都市化が急激に進みます。明治45年(1912)には日本鋼管川崎製鉄所が設立され、臨海部の工業化が始まります。その後も工業都市として発展を続け、戦後には京浜工業地帯の中核となり、「ものづくり都市」として、日本の高度経済成長を支えました。

昭和32年(1957)には人口が50万人を突破します。市北西部が首都圏住民の良好な住宅地として知られるようになり、人口が急増しました。昭和47年(1972)には政令指定都市に制定されます。同年、川崎市公害防止条例を施行し、工業地帯で問題となっていた公害への対策を強化します。

現在は、世界的なハイテク企業や研究開発機関が数多く立地する国際的な先端産業都市としてさらなる発展を続けています。また、良好な住宅街や魅力的な商業施設・文化芸術施設も併せ持ち、「技術・産業」と「暮らしやすさ」を両立させた街づくりを実現しています。

川崎の名前の由来
平安時代後期、多摩川の河口近いデルタ地帯に位置することから、「川の崎」即ち「河口部のデルタ地帯の地」と呼ばれるようになったのではないかといわれています。


川崎市の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓
川崎市市民ミュージアム
住所: 〒211-0052
神奈川県川崎市中原区等々力1-2 [地図を見る]
電話番号: 044-754-4500
開館時間: 9:30〜17:00(入館は16:30まで)
休館日: 毎週月曜日(祝日の場合は開館)
祝日の翌日(土・日の場合は開館)
年末年始
入館料: 企画展・ギャラリー展は展覧会によって異なります。
(一般、学生・シニア、中学生以下の3段階の料金)
逍遥展示空間・博物館展示室(旧歴史民俗展示室)・情報サロンは無料です。
※身障者手帳等をお持ちの方は、企画展・常設展とも無料です。







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